手紙 「ふたりの母へ」   おざきひろこ
『星窓』第16号掲載作品


「ふたりの母へ」        おざき ひろこ (大阪府)


 『ママ』、天国の住み心地はいかがですか?
 もう楽になりましたか?
 私が、二十歳を過ぎたころでしたね、生みの母親のことを話してくれたのは……。
 聞いた瞬間、信じられなくて、受け入れられなくて、数日泣きくらしましたね。
 しばらくたって、冷静になったとき、やっとママの偉大さにきづき、実の親子だと思い込んで疑
うことなく育ててもらったことに、心底感謝の気もちでいっぱいになりました。
 生んでくれた人がいなくなり、妻として、嫁として、離婚もままならず、なさぬ仲の私を育てるた
めだけに家に留まり、ほんとうに苦労をかけてしまいました。
 時代背景がどうであれ、私なら、とっくに逃げ出していたでしょう。
 でも、そうしなかったことで、私は餓えることもなく、人なみに成長することができたのですね。
 原因をつくったパパも、私を生んだ人も、それぞれの立場でみんな深く傷つき、悩み苦しんだ
のかもしれません。
 なんという、運命のいたずらなのでしょう。決して裕福でもない時代に、他人の目を気にしな
がらの生活。神経症になってもしかたないですね。
 親同士の決めた結婚とはいえ、パパとの間に子どもができなかった不運。
 無常なひどい話ですね。
 ほんとうに、家や家族って何なのでしょう。
 でもだいじょうぶ。そちらにはもう誰もママを苦しめる人はいないでしょう?
 パパには会えましたか?
 生まれてしまってごめんね。許してね、ママ。

 『お母さん』、私をおいて出ていって、もうずいぶん経ちましたね。
 生きているのですか? どこで誰と暮らしているのですか? 今、幸せですか?
 私があなたの存在を知らされたのは、二十歳過ぎ、驚きました。ショックでした。
 どのくらい泣き続けたでしょうか。真実は何もわからないまま、こんなに月日が過ぎてしまいま
した。
 父は十九の時に、育ててくれた人も三十三の時に他界しました。
 いろんなことがありすぎて、ずいぶん疲れました。いつか会える日がきたら、ひとつひとつ、全
て、聞いてくださいね。
 でもね、肉親に縁の薄い分、どういうわけか、多くの優しい友人や知人に恵まれ、愛する二人
の娘たちのおかげで、淋しさもずいぶん紛らわすことができました。
 ただ、ふとしたとき、やりきれなくて、哀しくて、会いたくて、胸が苦しくなり、涙が自然にあふれ
ることも、何度もありました。

 ねぇ、お母さん。
 私に会いたいと思ってくれたこと、ありますか?
 少しくらい愛おしく思ってくれました?
 生んでしまったこと、後悔していますか?
 お願いだから生きていて、そして私をしっかり抱きしめて、お母さん。


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