童話 「幸せなレストラン」  小瀧美枝子

『星窓』第3号掲載作品


「幸せなレストラン」      小瀧 美枝子 (茨城県)


 ハンスは小さな街の小さなレストランで働いていました。彼の仕事はジャガイモの皮をむくこと
です。この街の人々は揚げたてのジャガイモが大好きでしたので、レストランでは毎日ハンス
が隠れてしまう程のジャガイモが必要だったのです。くる日もくる日もハンスは包丁を握って、
ジャガイモの皮をむき続けました。

  ハンスと一緒に店で働いていたのは、料理をつくる老シェフと、それを運ぶ係のハンナ、そし
て皿洗いのギーベンラートと言う少年でした。ハンスはギーベンラートと同い年でしたので、すぐ
に仲良くなりました。二人は店の裏庭の屑かごの側で、子猫たちにソーセージをあげながら、
沢山話をしました。
「僕はこんな小さな店の皿洗いで一生終わらないぞ」
 ギーベンラートは必ずこう言いました。ハンスも、ジャガイモむきは時には退屈で、それに、料
理を作るご主人には街の人が皆感謝を込めて挨拶するのに、ハンスには全く目もくれません
でしたので─── ギーベンラートと同じ気持ちになることが多かったのです。
「うん。僕たちはきっとそれぞれのお店を持とうね、ギーベンラート。そしたら開店の日にはお互
いのお店に駆けつけるのさ。僕らが開店する日はきっと忙しくて、お互いの手伝いが必要にな
ると思うよ」
「そうだね、ハンス。いつか大きな店を開いて、沢山の人に自分で作った料理を出すんだ。皆き
っと僕らに挨拶するだろう。『やあシェフ、今日は。今晩のあなたの料理が今からもう楽しみな
んですよ』ってね。そしたらもう僕は皿洗いのギーベンラートじゃあない。『シェフのギーベンラー
ト氏』だ。ハンス、君もジャガイモむきのハンスじゃなくて、『我らの名シェフ、ハンス』って呼ばれ
るよ」
 それを聞くとハンスはとても嬉しくて、ジャガイモをむく手にも力がこもるというものでした。

 やがて、二人の少年は夢を持って努力しましたので、他の街に移って念願のレストランを開く
ことになりました。ハンスは小さな街で、小さなお店を持ちました。その街のはずれには、畑や
森がありました。彼は採れたてのきのこや、鹿や野兎、それに掘りたてのジャガイモを街の
人々に美味しく食べてもらいたかったのです。
 一方ギーベンラートは、大きな街で大きなレストランを開きました。と言うのも、大きな街では
パーティーが多いので、大きなレストランが必要だったのです。ハンスはちっとも知らなかった
ことですが、昔レストランで一緒に働いていたウェイトレスのハンナ、彼女は実は大金持ちの家
のお嬢さんでした。それがお父さんと喧嘩をして逃げ出してあのお店にいたのですが・・・彼女
がギーベンラートの奥さんでした。その後ハンナのお父さんが亡くなり、彼女が沢山のお金をも
らったので、ギーベンラートは大きなレストランを持つことができたのです。一方、ハンスの奥さ
んは、昔お店の裏庭でソーセージをあげていた、あの子猫の飼い主でした。二人はあまりお金
持ちではなかったので、小さなレストランを持つのがやっとだったのです。

 ハンスのお店は十月の終わり頃、新しいジャガイモと沢山のきのこが採れる季節に開店しま
した。テーブルには竜胆(リンドウ)の鉢を、店の外には栗や紅葉した楓の葉っぱを蔦で編んだ
籠に盛って飾りました。そのうえ、お店から流れて来る美味しそうな香りに誘われた街の人々
がもうお昼前からドアの前に並んでいました。そしてお店の内には、既にギーベンラートと奥さ
んのハンナが約束通り来ていたのです。ギーベンラートは荷物の中から贈り物として、蓋にル
ビーをあしらった宝石箱と、手伝いのための白衣と、そしてシェフ用の高い帽子を取り出しさっ
さと身支度を整えました。
「さあ、ハンス、俺はどの料理を担当するんだい」
 ハンスは困ってしまいました。だって、ハンスもシェフの帽子を被っていましたし、こんな小さな
お店なのに、シェフが二人になってしまったのですから。ハンスはギーベンラートに言いました。
「料理は僕が作るよ、ギーベンラート。君には手伝ってもらいたかったんだ。その・・・お皿の片
づけやら、他のことをね」
 これを聞くとギーベンラートは真っ赤になって怒り出しました。
「君の方が一ト月早くなったが、俺だってもうすぐ大きな店の主人になるんだぞ。今だって俺は
開店準備で人も使ってやってる、ベテランなんだ。その俺に皿洗いだと? ハンス、俺を誰だと
思っているんだ!」
 ハンスは困る一方でした。ギーベンラートがいくら偉い人間でも、今、このお店では、自分が
責任をもって料理を作るシェフなのですから。
「もういい、好きにしたまえ。俺の腕が信用できないなら、一ト月後の俺の店の開店の日に見に
来ればいいさ。俺がもう皿洗いのギーベンラートじゃないってことがよく分かるから」
 ギーベンラートはそう言ってバタン!と大きな音をたててドアを閉め帰ってしまいました。あん
まり怒っていたため、奥さんのハンナを連れて帰るのを忘れてしまう程でした。
 後に残ったハンナは済まなさそうに言いました。
「ごめんなさい、ハンス。彼は自分の店も開店前でいらいらしているのかもしれないわね。で
も・・・」と、ここでハンナの声は明るくなりました。
「さあ、うるさいのはもういないし、私たち素晴らしい開店の時に心を向けましょうよ。ハンス、私
はギーベンラートの妻だけど、ウェイトレスはあなたも知っての通り上手なのよ。今日は表で待
ってる街の人々を見ているだけで、心がワクワクしているの。皆がまた昔のように、美味しい食
事をしている姿が見られるって。でも残念ながら私はお皿洗いが下手だわ。ハンス、どうしたら
いいかしら。あなたがこのお店のご主人様だから、私はあなたの言葉が欲しいの」
 ようやくハンスとその妻に笑顔が戻って来ました。
「そうだね、ハンナ。僕は今日君にウェイトレスを頼みたい。僕の妻はお皿は毎日洗っているけ
ど、ウェイトレスは今日が初めてだから、きっと君の姿を見て色々学べると思うんだ。僕も今外
で待っていてくれるお客様に美味しい料理を作りたくて、ワクワクしているよ」
 そうして三人は顔を見合わせてにっこり笑い合いました。
 お店は一日中満員でした。ハンスは、自分の料理を皆が楽しそうに語らいながら食べている
姿を見ると、あの、昔働いていた小さなお店を思い出すのでした。

 さて、十二月の最初の金曜日の夜、ギーベンラートの大きなレストランは開店しました。 白
いテーブルクロスの上には水に浮かべたキャンドル、外には沢山のお祝いの花輪と大きなクリ
スマスツリー、まるで昼間のような照明は、上空の飛行機からでも見えそうな明るさです。
 ギーベンラートは真新しい白衣に高々としたシェフの帽子、ヒゲの手入れも済んで、あとはお
客様を迎える時を待つばかりです。ワインの係も、ウェイトレスも、皆緊張していますが、どこと
なく誇らしげで、なにやら試合に望む、といった気合いの入った顔をしています。
 そこへ、ハンスが裏口をノックして入って来ました。
「やあ、ギーベンラート。開店おめでとう。約束通り、僕は来たよ」
 ギーベンラートはハンスの姿を見ると、一瞬顔をしかめましたが、彼が何かを言いかける前
に、妻のハンナがハンスに近寄って、彼を抱きしめました。
「まあ、ハンス。こんな忙しい夜によく来て下さったわね。あなたの開店の日には、私たち、神
様のもとで素晴らしい仕事をさせて頂いてとても幸せだったわ。今夜は私たち夫婦も神様に振
り向いてもらえるかしら、ハンス」
 ハンスよりも先にギーベンラートが口を出しました。
「勿論だとも、ハンナ。私たち夫婦がいて、このスタッフが揃っていて、何の不足があるものか。
心配はいらないよ。私の腕が全てなんだから」
「そうだね、ギーベンラート。ここは君の店であり、ここは君が責任を全うする場所なんだね。と
ころで残念ながら、僕は開店したてだし、君が僕にくれた宝石箱のような高価な贈り物はあげ
られない。だから今僕の持っている物の中から、一番大切な物を君に贈りたくて持って来たん
だ」
  ハンスはそう言って荷物の中から包みを一つ、出しました。ギーベンラートがそれを開くと、銀
の写真立てに古い写真――昔働いていたお店であの老シェフが街の人々に囲まれて笑ってい
る写真――が入っていました。ギーベンラートは口を結びました。ハンスにお礼も言えませんで
した。彼にはハンスがなぜこれをくれたのか、全く分からなかったのです。
 ハンスは次に白く洗濯された白衣を着て、そしてのりの効いた、見習い用の小さな白い帽子
を被りました。そして彼はギーベンラートに尋ねました。
「さあ、ギーベンラート。僕は何を手伝おうか」
 ギーベンラートは答えました。
「そうだな・・・そう、ジャガイモの皮むき。それを頼もうか」
 するとハンスはにっこり笑ってうなずきました。
「それなら僕が得意なことだ」
 そしてハンスは荷物の中からずっと大切に使っている包丁を取り出し、まだ見習いの少年た
ちに混じり、厨房の一番寒い奥にしゃがみこんで、ジャガイモの皮をむきはじめました。
 ギーベンラートはその場に突っ立ったまま、じっと黙ってハンスの背中を見つめていました。
ハンスは夢中でジャガイモをむいています。ギーベンラートはとうとう我慢ができなくなって、大
声でハンスの背中に向かって叫びました。
「君はたとえ小さくとも、もう自分の店を持つ一人前のシェフなんだぞ! 君の店があの街で評
判がいいことを俺は知っている。君が街の人から『俺たちを幸せにしてくれる若いシェフ』って
呼ばれているのだって知ってるんだ。なのに、なぜこんな寒い場所で、見習いに混じって『ジャ
ガイモむきのハンス』に戻ることができるんだ!」
  ハンスは振り返り、笑って答えました。
「ギーベンラート。今は、これが僕の役割だからだよ。僕がオーナーシェフなのは、僕の店の中
だけのことだ。ここは君の店なんだし、君がシェフなんだよ。僕はここで、君に与えられた自分
の役割を果たしたいだけなんだ」
  それを聞いたギーベンラートはうなだれてしまい、そのまま暫く口をきくことができませんでし
た。そうしてハンスが十五個目のジャガイモをむき終わった時、ようやく彼はハンスに尋ねまし
た。
 「・・・君は、どうしてあの写真が一番大切なものだと言ったんだい。僕らが見習いの頃の、あ
の老シェフの写真が・・・」
  ハンスは答えました。
「あの写真は、僕が店を持つのにくじけそうになると、いつも僕を励ましてくれたよ。右から三番
目に写っているお客は、揚げたジャガイモとビールが大好きだったんだ。彼の食べたジャガイ
モは、みんな僕がむいたんだよ。そして、皆が陽気に乾杯を繰り返したあのジョッキは、ギーベ
ンラート、君が丁寧に洗い上げたものだ。老シェフは、僕らの用意したものを使って心を込めて
料理をし、それで街の人々に愛された。僕は今、僕のお店に来てくれるお客さんをとても愛して
いるよ。そして、料理に使う鶏も鹿もジャガイモも、皆愛してる。そんな風に僕を導いてくれたの
が、神様とあの古い写真なんだ」
  ギーベンラートの目にはいつしか涙が溢れていました。
「ハンス・・・僕にも神様は振り向いて下さるだろうか。僕もお客を愛せるだろうか」
  ハンスはうなずきました。
「君がこの店での君の役割を果たしていれば、神様はいつだって君をご覧になっているよ。僕
はそう思うよ」
 ギーベンラートは涙を拭きました。そして顔を上げて言いました。
「ハンス、僕はメインディッシュにはマッシュポテトをつけることが多いんだ。だから、沢山のジャ
ガイモが必要だ。お客様がこの料理を好きになってくれたら嬉しいと、僕は思っているんだ」
「じゃあ、僕は心を込めて皮をむかなくちゃ。これが今日の僕の役割だね」
 二人は顔を見合わせて、うなずき合い、笑い合いました。
 そうして、クリスマスソングの流れる中、ギーベンラートの明るいお店の扉が開かれました。

 それからどの位の月日が過ぎたでしょう。小さな街の小さなレストランも、大きな街の大きな
レストランも、神様の祝福に溢れて、温かい湯気の中、今日も人々に幸せな料理を提供し続け
ているのです。



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