|
『星窓』第20号掲載作品
「秋桜の出会い」 笠岡 さつき (大阪府)
秋 ひなびた山村
秋桜の咲く野辺での出会い
それが 物語のはじまり
あの日撮った 一枚の写真
手のひらいっぱいの栗の
お礼に郵送した
所番地も 名前さえも
わからぬままに
やがて届いた手紙
そこに綴られていた
意外な事実
永遠のさようなら
ありがとうの言葉
あれは昨年の秋、久しぶりに家族でゆっくりしようと、車で郊外に向かった時のことでした。車
窓から入る風、流れ行く景色を心地よく感じるうちに、仕事上での雑事や慌ただしい日常が、 少しずつ遠くなっていくのを感じていました。
高速道路を降りてから間もなく、山間に入り、ポツポツと並んでいた民家の数も少なくなって
きた時、ふいに鮮やかな色彩が目に飛び込んできました。咲き乱れるコスモスでした。「ああ、 そんな季節なんだ」そう感じた私は、車を止め、息子と妻を促して外に出ました。フィルムが三 枚程残っているのを思い出し、丁度いいと思ったのです。
「もう少し右、いや、顔はこちらに向けて」とファインダー越しに注文を出す私に、二人は苦笑
しながら応じていたのですが、ふいにその表情が固まりました。視線につられて振り向くと、そ こには、老婆が立っていたのです。大きな鎌を手にして。「なんですか?」と私が言おうとしたの と、「持っていくかね?」と、その老婆が言ったのが同時でした。左手の鎌ばかりに目が行って いたのですが、右手には、イガイガのついた栗がのっていました。「今、拾ってきたから」とはに かむような表情を見て、ようやく事態が飲み込めた私と妻は、安心したと同時に可笑しくなって しまいました。そして、咄嗟に恐怖を感じたカン違いを侘びる気持ちも働いたのでしょう。「おば あちゃん、写真撮ってあげましょう」と申し出たのです。コスモスをバックに、照れたように微笑 む顔に、自分自身の祖母のことを思い出し、シャッターを切りました。「こんな風に写真を撮っ てやったことなんて、なかったなあ」と考えながら。
* * *
後日、現像できた写真を見ながら、話題になったのは、あの老婆に会った時のことでした。
「だって鎌を持ってらしたから」「アニメに出てくる魔法使いみたいだったんだもん」とひとしきり 笑った後で、「この写真、送ってあげたいね」ということに話がまとまりました。けれど、住所が わかりません。だいたいの場所、地名は判明するのですが、番地までは控えていません。そこ で、封筒の表書きに説明をつけることにしました。「日向バスのりばのそばで、けやき会館へ行 く道の橋を渡る左側のお宅」であること。「そこのおばあさんに栗を頂き、その時に写真を撮っ たので、お渡しして欲しい」旨も。携帯電話やメール全盛の時代に、果たしてこんな方法が通用 するものなのか、とも思いましたが、私たちが、そのとき栗を頂いた者であること、その栗で栗 ご飯を炊いたことなど、御礼の手紙を添えて、投函したのです。
* * *
秋が更に深まり、私の仕事がまた忙しさを増した頃、帰宅した私に、妻が封筒を差し出しまし
た。あの老婆からでした。家族皆でよろこんで見せて頂いていること、又、こちらの方面に来た ら、立ち寄ってほしいこと、季節の野菜でもお渡し致します、などと書かれてありました。「ね、 ね、届いたんだよ!」と、息子は、まるで自分の手柄でもあるかのようにはしゃいでいます。「あ んな表書きで、ねえ」とつぶやく妻の顔も、とても穏やかで、「ああ良かったなあ」という思いが、 心に素直に広がりました。「住所が書いてあるから、年賀状も出せるね」といいながら、ひょん なことから、見知らぬ土地に知り合いができたと気づき、それが家族を無邪気な気持ちにさせ ていること、あの翌日に皆で舌鼓を打った栗ご飯と同じように、温かな思いで包んでいること に、しみじみ感じ入ったものです。
* * *
やがて年が暮れ、そして新しい年が来ました。松もとれ、私は新しい事業に取り組むために、
いつになく忙しい毎日を送っていました。何かの拍子に、例えば、会社で頂いた賀状を整理し ている時などに、ふと、「あのおばあちゃんからは、賀状が来なかったなあ」と思い出すことは ありましたが、余り気にもとめませんでした。むしろ、仕事の関係での儀礼的な年賀状ばかりを 見ていると、あの老婆とは、こうしたつきあいは似合わない気さえしていたのです。
そして冬が過ぎ、春になり、桜が咲き始めた頃、わが家に再び、封書が届きました。見知ら
ぬ名前でしたが、あの老婆と出会った町の名であることは、すぐに分かりました。けれど、差し 出す妻の顔は、なぜか曇っています。私は無言で便箋を開き、すぐに読み始めました。きれい な文字で、こう書いてありました。
「年賀状を頂き、返事が遅くなりまして、申し訳ありません。義母は昨年の十二月になくなりま
した。急死でした。突然の事で、まだ信じられないと思いながら、過ごしております。そして季節 も変わった先月、百ケ日を迎えました。お宅のことは、最初のお手紙がきた時に、義母から伺 っておりました。手の平にわずかじゃなくて、もっとたくさん栗をあげておけばよかったと後悔し ておりました。
又、写真を撮っていただきましてすみませんでした。今となっては、この写真が、私たちの手
元にある中で最後に写った写真となりました。大事に持たせてもらいます」
御礼と、義母への感謝の思いをしたためた文字が、やがて涙で見えなくなりました。閉じた瞼
に浮かんできたのは、あの老婆の顔と、風に揺れるコスモスでした。
|